霜降りの肉は健康状態の悪い牛肉

世の中には「高くても安全ではない食品」が存在します。フカヒレだとか、フォアグラ、キャビアといった絶対量が限られている食材は、おいしいかどうかは別として、希少価値があるので価格が吊り上げられ、その結果、高級食材としてブランド品のように扱われたりします。

しかし、庶民にとっては高嶺の花ですからなかなか手が届かないわけで、だからこそかえって興味を持つ人も多いと思うのです。

すると、そうした庶民の気持ちを逆手に取ったように模造品が作られるようになります。模造品は、もちろん本物よりは安く手に入るのですけれども、当然のことながら本物とは違うわけです。ワンランクもツーランクもスリーランクも下がった物が、見栄えだけ高級品的な物になって一般人の手の届く範囲までやってくる。でも、同時にそれだけ安全性も損なわれてくるのです。

霜降り牛肉

霜降り牛肉

その典型例が、霜降り牛肉です。肉の赤身の部分に「サシ」と呼ばれる脂肪分が入っているのを霜降りというのですが、それが細かいほど上質とされ、適度な柔らかさと甘みがあってとろけるようにおいしい、と珍重されてきました。しかし、これはもともと、但馬牛特有の肉質のことだったのです。

但馬牛は平安時代にもその名を知られた小型の和牛ですが、江戸時代以前は主に農耕の労力として飼育されてきました。その重労働に耐え得るよう、長い年月の間に、自然に筋肉の隙間にエネルギーとなる脂肪を蓄えるようになったのが、霜降り肉誕生の経緯です。

引き締まった筋肉質の但馬牛だからこそ起きた現象なのです。本来は希少な物なのに、多くの人に喜ばれ求められたために、普通の牛でも霜降りになるように育てようとしているわけです。

ところが、交配させて但馬牛の血が入っていても、なかなか純粋な但馬牛のようにはうまくサシが入りません。そこで牛に大量にビールを飲ませたり、エサからビタミンAを極端に抜いたりして、大型の外来種で無理矢理サシが入った肉を作ろうとするわけです。

これでは、どうしてむじ不自然極まりないことになります。ビタミンAを徹底的にエサから排除するのはなぜかと言いますと、そうすると牛の体がビタミンA不足になって脂肪をどんどん形成するようになるからです。

いわば、ニセのサシが入るのです。具体的にどうやってビタミンA 不足にするかというと、ビタミンA の含まれない、トウモロコシ主体の炭水化物ばかり食べさせて牛を太らせ、その代わりビタミンA に変わるカロテンが含まれる新鮮な牧草は与えないことで、ビタミンA不足にします。

すると、牛の体は老化状態になって病気にもかかりやすくなりますから、エサの中に抗生物質だとか抗菌剤、成長促進のためのホルモン剤など、様々な薬品を混ぜなければならなくなります。

つまり、通常売られている霜降り肉は、健康状態の悪い牛の肉ということなのです。さらに、重金属類の問題も大きいのです。環境の中にある水銀や鉛といった重金属類を家畜はどうしても摂り込んでしまうのですが、その多くは脂肪の部分に蓄積されていきます。つまり牛の脂身をたくさん食べるということは、同時にそれら重金属類をもたくさん食べるということです。

もっと単純に、赤身肉に脂肪を注入して人工的に霜降り状態を作り出す機械までります。まがい物を作るために、どんな労力も厭わない悪質な業者もいるのです。本当に真面目に取り組んでいる、心ある畜産業者にとっては迷惑な話です。

霜降り牛肉が人工的に作られることを批判しているのではなく、一般の人が本当のことを知らされないまま、今まで手の届かなかった高級品が「この程度の値段ならいいじゃないか」と、人工霜降り牛肉を本物と信じて食べているところに問題があると思っているのです。

今や大量生産されていますから、珍重するほどではなくなっているにもかかわらず、「霜降り牛肉」というだけで珍重される。消費者がそういうブランド商法にごまかされているところがあると思うのです。

そもそも、人間に食べられるために育てられている物なのだから、食べる人間がおいしく食べられるように育てて何が悪いのかという生産者の意見も分からないではありません。技術的には高度な物なのでしょうし、細やかに牛を育てなければならない生産者の苦労は計り知れないでしょう。だけど、そこまでして作り上げた霜降り肉、果たして本当に「喜んで食べるような物物ですか? 」と問いたいのです。

もともと霜降り肉になる性質を持っていない牛を無理に霜降りにさせるというのは、
自然という観点からしても間違ったおかしなことだということに、消費者には気づい
てもらいたいのです。

背景には「霜降り肉=高級な牛肉」といった一直線の思考があります。しかし、果
たして本当にそうなのでしょうか。根本に立ち返って、もう一皮消費者自身が考える
必要があると思います。

そもそも、消費者が消費行動を通じて、本来は高級な物を安く食べさせて欲しいと
いう意思表示をしたのだと思うのです。本物の純粋な霜降り肉はものすごく高級なも
のですから、庶民には手が届きません。

それなのに「自分たちも食べたいから霜降りをもっと安く」という欲求が消費者側
にあったわけで、それに応えるかたちで生産者が無理して作っているという一面は否
定できないと思います。ところが、霜降り肉が庶民の手の届く物になったとたんに、
それはもう本物の霜降り肉ではなく、高級品でもなくなっているのです。

消費者は、本当は何を食べるべきなのか、本当に食べたい物は何だったのか、もう少し深く掘り下げて考えるべきだと思います。そうすれば、生産者もわざわざ霜降り肉を作り上げる苦労などしなくて済みます。

生産者の中にも、今の食肉生産の状況を嘆いている人はたくさんいるのです。実際に、そのようにして誠実に食肉生産を続けている生産者の方を、私は何人も存じ上げています。もっと自然に近い状態で牛を育てても、おいしい肉はいくらでも作れます。生産者にとってもそのほうがよいはずで、消費者にも、安心して健康な牛の肉を食べられるというメリットがあります。

その安心、安全なおいしさに正当な価格が付けられるならば、多くの生産者は喜んで応えてくれると思います。前述したように、動物性たんばく質の量は人間にとって今食べられているほどの量は必要ないのですから、生産量は減ったとしても、良質な物さえきちんと作られていれば、食べるほうが量を減らすことで需要と供給のバランスは成立します。

霜降り肉のことだけでなく、消費者が食肉生産のあり方にまで考えを及ばせることも、必要な時代になったのではないかと思っています。

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